ゴトン・・ゴトン・・
どことなくさびれてしまっている寂しげなたたずまいの無人の駅から一日に数本しか停車しない電車が過ぎ去ると、
そこには麦わら帽子を被った黄色いワンピースの女性が大きな荷物を抱えホームに一人たたずんでいた――
日差しが容赦なく照り付る今日は、どうやらこの夏一番の猛暑らしい。
ふと見上げた空には雲ひとつなく、そこには一羽の雲雀が美しい鳴き声とともに空高く飛んでいた。
ミーン・・ミーン・・・
どこからともなく聞こえてくるセミの声は私たちにすでに夏が訪れていることを教えてくれている。
「ふぅ・・・今日はホントに暑いわね・・・おじさんまだかなぁ?」
誰も居ない改札口を通り過ぎ、駅舎に一人たたずむその女性は今日の暑さに愚痴をこぼすようにそう言った。
日陰に立っていても今日の暑さは尋常ではない。この暑さで汗ばんだ肌に服がべったりと張り付いるのがなんとなく気持ち悪い・・・。
「おーい!ユッキーこっち、こっち!」
誰かに名前を呼ばれたのか、自分の足元をボーっと見つめていた彼女は声のするほうへ視線を向けた。
彼女の視線の先には荷台にいくつかの箱を乗せた、白い車体が土で汚れた軽トラックの運転席から一人の男が呼んでいた。
「あっ!おじさ〜ん、久しぶり〜!」
ユッキーと呼ばれたその女性はその男の姿を見るやいなや嬉しそう手を大きく振りながら彼のもとに駆け寄っていった。
「相変わらず汚い車ね〜。たまには洗車でもしたら〜?」
「悪かったなぁ〜。だがなぁ、この汚れは努力の・・・」
「『結晶だ』・・・でしょ?おじさんたら、いっつもそればっかり〜。」
彼女はイタズラをした子供のように無邪気に微笑みながら言った。
493 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/04/03(月) 05:22:40.24 ID:vXqaSjNt0
持っていた荷物を荷台に乗せて、彼女が軽トラックの助手席に乗り込むのを確認するとおじさんは年期の入った車にうなりをあげさせてゆっくりと発進させた。
「前に来たのはいつだったかな?もう2〜3年になるかな?」
荷台に乗せた箱がガタガタと物音ををたてて揺れている中で、彼女におじさんと呼ばれる白髪交じりの豪快なひげを蓄えた初老の男性はそう問いかけた。
「えっと・・・確か・・・2年前だったかな?」
「そうか、そんなに経つんだなぁ。いや〜、しかしユッキーもしばらく見ないうちに綺麗になったもんだ。」
「やだなぁ〜、おじさんたら。まぁ事実だけどねー。」
「はははっ!否定はしないのか」
二人でそんな他愛ない話で盛り上がりながら、彼女は助手席側の窓を全開にして肌に風を感じつつ一面に広がる田んぼを見つめていた。
「そういえば・・・あのひまわり畑は、まだあるんだ・・よ・・ね?」
田舎の素朴な風景を見つめる中で、彼女はふと思い出したかのようにおじさんに尋ねた。
「ああ。ちゃんとあるよ。ユッキーはあのひまわり畑が小さい頃から好きだったからねぇ〜。
昔、あそこで遊んでいる時にハチに刺されて大泣きしたときは大変だったよ。」
おじさんはそのときのことを思い出しながら、必死に笑いを堪えてながらそう言った。
「あははっ、も〜おじさんたら、そんな昔の話とかやめてよ〜。昔話するなんて
ここ2年でだいぶ老けちゃったんじゃない?」
からかうように冗談交じりでユッキーが言うと、
「相変わらず失礼な奴だなぁ〜、ユッキーは」
怒ったようなフリをしながらおじさんは笑ってそう答えた。
二人で懐かしい話に盛り上がりながらも、軽トラックは只管に田舎の一本道を走っていく。
495 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/04/03(月) 05:23:35.09 ID:vXqaSjNt0
「じゃあ、今回もひまわり畑に行くんだろ?」
「もち、トーゼンじゃん」
おじさんの問いかけに彼女はニヤリと何か企む様な笑みでそう答えた。
「・・・じゃあ、家に行く前にひまわり畑に行くかい?」
「え!?時間平気なの?」
おじさんの思いついたような意外な提案に戸惑いつつ、彼女は彼にそう尋ねた。
「ああ、家には1時までに着けばいいから、まだまだ時間はあるからなw」
「やった!!まぁでも今回は連れて行かない!って言われても1人で歩いてでも行くつもりだったんだからぁ」
ユッキーは本当に嬉しそうに、まるで大好きなお菓子を与えられた子供のようにはしゃいでそう言った。
「じゃあ、決定だな」
そういうとおじさんは、家とは反対の道へと車を進めた。
496 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/04/03(月) 05:24:08.97 ID:vXqaSjNt0
私がおじさんと呼んでいる彼は私の祖父母の甥っ子にあたる人で、農業を営んでいる。
祖父母の家に来たときはいつも陽気で豪快なおじさんが私を迎えにきてくれるのだ。
祖父母に会うのが一番の目的なのだが、私にはもう一つ目的がある。それは大好きなひまわり畑に行くことだ。
本当は小さい頃から毎年夏休みは祖父母の家に来ていたのだが、去年は大学やバイトの都合で来ることが出来なかった。
だから今年はいつも以上にひまわり畑に行くのが楽しみなのだ。
車がひまわり畑に近づくにつれて辺りの景色は田んぼや電信柱から徐々に林へ、そして森へと変わっていく。
私の好きなひまわり畑は、森の中を通る細い一本道を行ったところにある。
そして今まであった森が途切れた途端、それは眩しい光とともに突如私の目の前にあらわれる――――
「うわぁーー!!」
そこには一面に広がる美しいひまわり畑―――
それはまるで金色のじゅうたんを広げたように本当に素晴らしい。
私はいつもその美しい光景を見た瞬間、まるで少女に戻ったかのようにはしゃいだ声を出してしまう。
おじさんが車を停めてエンジンを切ると私は急いで軽トラックから降り、バタンッ!と勢いよくドアを閉めて、
一目散にひまわり畑の中に走っていく。抑えきれない興奮を胸に無邪気に駆け出していく私の姿を見ておじさんはいつも楽しそうに微笑んでいる。
「ホントに・・・、本当にいつみてもきれい・・・やっぱりきてよかったぁ〜」
そういうと私は両腕をいっぱいに広げ、普段は翻らせないようにしているワンピースの裾がめくれることも気にせずに
子供のように無邪気にくるくると回り、そして周りのひまわりを見回す。
「ふぅ・・・あははっ!」
一度深呼吸をして、都会では味わえない自然の綺麗な空気をゆっくりと吸い込むと、改めて自分の無邪気さに笑ってしまう。
497 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2006/04/03(月) 05:25:02.75 ID:vXqaSjNt0
「ホント・・気持ちぃ〜・・サイッコーー!!」
サーッと吹き抜ける風が少し汗ばんだ肌に本当に気持ちがいい・・・
そして私はそのまま真っ青な空を見上げる―――
やはり空は本当に澄み切っていて、嫌なこともすべて忘れられそうな気がした・・・どんなことも・・・。
「本当にここに来て良かったぁ〜、これでまた頑張れる気がする!」
自分に言い聞かせるように私は大きな声でそう叫んだ。
自分を元気付けるとき、自分に気合を入れるとき・・・、今の自分から変わりたいときに私はここに来る―――――
そして大好きな一面のひまわりと、見上げたときに見える大好きな美しい青空に元気をもらうのだ。
「そろそろいくぞ〜」
「はーい!今行きま〜す・・」
ここにくると元気になれる、そして幸せになれる――
だから私はこのひまわり畑が好きなのだ。
「また来るね・・ありがとっ!」
次はいつ来るかわからないけど、私はそっとお礼を言うとおじさんの待っている車に向かってゆっくりと歩き出した。
・・・その瞬間、ビュー!と強い風が吹き、一面のひまわりが一斉にお辞儀をした―――
『またいつでもここにおいで』
私は確かにそういわれたような気がした―――
「あっ・・・」
そして強い風にさらわれた私の麦わら帽子は空高く舞い上がった―――――――
Fin